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カモノハシ・セレクションpart2

1999年4月から10月までのカモノハシ通信の中から、個人的に「これは結構いいんじゃないの」というのだけを選んでみました。基準としては一応「心暖まるモノ」ということで選んでみました。よかったらどうぞ読んでみてください。
この中ではやっぱ「激辛ラーメン」でしょうか?

●激辛ラーメンに知る、声の大切さ 1999.7.7
●ちょっといいこと 1999.7.13
●5本の指 1999.7.17
●甲陽プールは短いか? 1999.8.27
●cicada 1999.9.18
●100回目のカモノハシ 1999.10.3
●通学路 1999.10.18

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通学路 1999.10.18

 このところ急に寒くなりました。せっかくいい感じの気温だったのに…。

 今日は朝7時3分の電車に乗って学校に行きました。すると途中十三の駅で電車を待っ
てるときに昔の僕の教え子だったI君を見かけました。僕はI君が小学校4年生の時、浜
学園西宮教室で1年間算数を教えていました。当時もときどき十三から西宮北口に行く電車
の中で見かけたり話したりしていました。十三で電車を待っている位置が同じだったから
です。また彼が小学校6年生の時も2回ほど十三の駅で話をしたことがあります。その時
彼は甲南中学を受験するんだと僕に教えてくれました。正直言って彼はそれほど勉強ので
きる子ではなかったので甲南中学に合格したのかどうか気になっていました。

 しかし今日、十三の駅で見かけた彼は甲南中学の制服を着てカバンを持っていました。
「ああ合格してたんだ、よかった」と僕は思い、なんだかちょっと幸せな気分を味わうこ
とができました。気がつくと彼は僕のすぐ前に立っていました。あえて目を合わせなかっ
たんですが、何度かこっちの方をチラチラと見ていたのでたぶん僕に気付いていたんでし
ょう。でもこういうときって話しかけていいものかどうか、難しいですよね。結局電車に
乗るとお互いすこし離れたところに立つことになったので、話しかける機会はなくなって
しまいました。まぁでもそれはそれでよかったのかな。

 ところが今日はもう1つ少し幸せな気分になれる出来事がありました。同じく浜学園で
の僕の教え子で関学に合格した松岡君、このコーナーにも何度か名前が登場してますが、
彼と話をすることができたのです。甲東園から関学にむかう通学路、中学部生は駅を出る
といわゆるメインストリートを外れて階段のある方からバス道に出てきますが、そこでバ
ッタリ彼と会ったのです。ちょうど1人で歩いていたし、目もあったので話しかけること
にしました。彼と話をするのはおよそ1年ぶりです。しかし僕のことは覚えていてくれま
した。なぜかはわかりませんが、かなり自然に会話をすることができました。浜学園十三
教室のときの仲間や、クラブの話や、電車通学の話をしました。たぶん、ですが彼も僕と
ひさしぶりに話すことができて結構うれしかったんじゃないかなーってそんな感じでした。
よかった、よかった。

 彼は僕のことをずっと「クロタキ先生」って呼んでくれました。「クロタキ先生」なん
て呼ばれると、少しこっぱずかしい感じもしますが、それでも正直嬉しいですね。浜学園
で講師をやっていてよかったなあなんて思ってしまいます。
                     

100回目のカモノハシ 1999.10.3

 今年の4月からはじめたこのカモノハシ通信もついに100回目を迎えました。初代の
「独り言」が102回、つぎの「一人語り」は91回で終了したのですが、今回はもっと
長く続きそうです。

 記念すべき第1回目のカモノハシ(4月8日)に僕は水泳に関する今年の目標として3つ
のことを書いてます。1つは100Frで楽にに1分5秒では泳げるようになること。2つ
目は50Frで28秒台を出すこと。3つ目は50Btを33秒台で泳ぐことです。結果から
言うと最初の2つは達成できませんでした。50Btは正式で32秒台の記録もあるし、3
1秒台で泳いだこともありました。しかし50Frでは最高29秒19。100Frにいたっ
ては1分9秒というタイムしか出せませんでした。はっきり言って情けないです。1分5
秒を楽に出す、というのが当初の目標だったのに、最後の方では「なんとか5秒台を出す
!」ってのに変わって、結果は9秒。さすがに9秒というのはあまりに情けないです。確
か去年は1分7秒で一度泳いだ記憶があるのですが…。なかったな?

 まぁなんにせよ、今度こそ僕の水泳人生…というか僕の人生における水泳生活は完全に
終わりました。思えば僕が水泳をはじめたのは3才のときでした。そう考えると、えーと
なんと20年間も泳いできたことになります。途中小学校5、6年生の2年間や、大学に
はいってからの2年間は水泳から離れたこともありましたが、それでもずっと水泳という
スポーツは僕の中でもっとも大好きなスポーツでした。

 とは言っても、僕はきっとこれからも水泳というスポーツを愛し続けるでしょう。ここ
11年間、僕にとっての水泳は水泳部とともにありました。しかし「水泳部」が自分の中
からなくなって、1人ぼっちになったとしても、僕は泳ぐことが好きなはずです。水泳部
だけが水泳じゃないからです。僕は今まで2回、大学に入ってからのときと、去年の引退
の後、水泳部から離れたわけですが、そのどちらのときにも、僕は市民プールにたびたび
通うようになりました。自分でもよくわからないのですが、たぶん水泳が好きだからでし
ょう。

 僕がコーチをする上で個人的目標にしてきたことは「僕以上に水泳部を愛してくれる後
輩をつくる」ことでした。でもそれと同時に、僕のように、「水泳が好きだ」と思ってく
れる後輩がたくさん生まれていてくれれば、それは僕にとってすごく幸せなことです。

 みなさん、いくつになっても泳ぎましょう。そしてまた、いつか一緒に。
               

cicada 1999.9.18

 今日、最後のレースを終え、落としあいを終え、最後のミーティングを終え、みんな帰
った。井上も稲垣も。僕だけがプールに残って、ただボーッとしていた。この11年間の
思い出、特にここ2年間のことを思いながら。

 1人になって15分くらいしただろうか?突然永田が現れた。これにはビックリしたけ
どものすごく嬉しかった。というのも、誰かがひょっとして戻ってこないかなぁって考え
ていたからだ。忘れ物でも何でもいい。最後にもう一度誰かの顔を見たかったのだ。簡単
に言うと寂しかったのだ。僕がそこに1人で残っていたことは本当にラッキーだった。ひ
ょっとして今シーズンで一番うれしかった事件かも知れない。

 その後、また10分くらいして森や滝村らが戻ってきた。それからみんなで焼き肉に行
った。本当に今シーズン最後の最後でようやく、僕は少し救われたような気がした。

 僕が求めているのはお金でも名誉でも愛でもない。ただそういうことだけなんだ。
    

甲陽プールは短いか? 1999.8.27

 昔、僕が中学部生の頃、甲陽学院中の25mプールは短い、つまり25mないのではな
いかという疑惑があった。そしてみんな「甲陽のプールは短い」と信じて疑わなかった。
たしかに昔の甲陽のプールはいささか「暗い」場所だったので視覚的にも短く見えた。一
度、誰だったか(菊池さんかな?)が甲関戦の日、メジャーを持ってきてて、本当に25
mあるか計ったことがある。たしか結果は「本当に25mある」ってことだったと思うの
だけど、それでも僕らは「本当はやっぱしちょっと短いんじゃないか?」って思っていた。

 今から考えると、短いわけがない。みんなが短く感じるのは、ベストが出やすかったか
らで、さらになんでベストが出やすかったのかというと、それは甲関戦が3年生の引退試
合だったからだ。「甲陽のプールは短い」というのは間違いで「甲関戦の日のプールは短
く見える」というのが正確だろう。それは確かにそうだからだ。やはり精神的なものとい
うのはものすごく大きい。
        

5本の指 1999.7.17

 ずっと前から一人語りというかカモノハシに書こうと思っていながら忘れていたことを
思い出しました。僕はこう考えることによって、ある時期すごく楽になりました。

「すべての人が明るくて社交的な人間でなくてもいいんだ」

 あたりまえのことです。だけど、学校教育ってのは生徒をみな一様にしようとします。
みんなを社交的で明るい生徒にしようとします。確かに、暗いよりも明るい方が、内向的
よりも社交的の方がおおくの人から好感を持たれます。それは確かです。でもそれによっ
てその人が本来的に持つ個性をつぶしてしまっているのではないでしょうか?
 だから「暗い」子は落ち込んでしまいます。話すのが苦手の子だってそうです。まるで
「暗い」ことや話が苦手なことが悪いことのように思ってしまうのです。
 もちろんある程度の社交性や明るさは人間にとって必要不可欠なものだと思います。だ
けど個人個人によってその程度は決まっているだろうし、内向的だけどすごく芸術的な才
能を持つ子だっていわけです。いろんな人がいて社会はなりたっている。こんな当たり前
のことが今の教育制度ってヤツはわかってないのではないでしょうか?

 だからバカな勘違いをした可愛そうな人は、バカみたいな格好をして、バカみたいな流
行を追いかけて、自分を「明るく社交的なやつ」(あるいはそれに類するもの)にしよう
とするのではないでしょうか?そういうのに本来的にむいてる人はいいんです。でも、ど
う考えても、そうじゃない人のほうが多いだろうにねぇ。
 そして逆に内向的で「暗い」人のことをバカにするのでしょう。その人たちの中には、
ひょっとしたら太刀打ちできないくらいの素晴らしいものが潜んでいるかも知れないのに。

 僕も10代の頃は「明るく社交的になりたい」っていうか「なるべきだ」と考えて、悩
むことがよくありました。僕は表向き「明るく社交的」な面もありますが、本来的には、
内向的で「暗い」人間です。友達だってすごく選びます。だけど、そういう自分を認めず
になんとか社交的な人間になろうと勤めていました。だけどもちろん上手く行きません。
逆にそのことで悩んで沈み込んでしまうことさえありました。
 だけど気付いたのです「みんなが明るくおもしろいヤツである必要な無いんだ!」って。
それ以来僕はより正直に自分を認めるようになりました。その結果、逆に「明るく社交的」
な面が(いくぶん屈折した形で)強調されるようになったのは予想外でしたが。
 (気付いたきっかけについても書きたいのですが、長くなりそうなのでまたいつか。)

 これは僕が大学2年生のときに参加した千刈キャンプで、中学部の高橋先生から聞いた
話です。人間の手には5本の指があります。これは4本では少ないし、6本では多すぎて
逆によくないのだそうです。そして5本の指にはそれぞれの役割があります。中指のように
目立つ指もあれば、人差し指のように器用な指もある。親指のように太い指もあれば、薬指
のようにあんまり目立たない指もある。だけどどの指にも重要な働きがあって、そのうちの
1つでも欠けては本来の働きができない。人間も一緒だと。いろんなヤツがいる。目立つヤ
ツもいれば目立たない人もいる。(中学生に対しては)自分がどの指のようなヤツなのかは
まだ分からないだろうけど、たとえ目立たない薬指や小指のようなヤツだって、親指や中指
とかわらない重要な役割があるのだ…と。
 僕はこの話がすごく好きです。まさにその通りだと思います。

 なんで今回、このネタを書こうと思ったかというと、さっきまでマンガのドカベンを読ん
でいたからです。「ドカベン」には様々なタイプのキャラが登場します。岩鬼のような豪快
なのもいれば、山田のようなやさしいやつもいるし、殿馬のようなヘンなやつもいるかと思
えば微笑のような目立たないけどイイやつもいます。ほかにも里中をはじめ、山岡や北、中
根に石毛、数え切れないくらいの、それぞれに個性を持ったキャラが登場します。 
 このマンガを読んでいるとまさに「5本の指」だなあって思ったのです。みんながみんな
岩鬼だったり山田だったりではやっぱりだめなんです。

 さて僕も20才をすぎてもう何年かたちます。だけどまだ僕は自分が「どの指」なのかは
わかりません。小指ではないし、薬指でもないと思うんだけどどうでしょう?かといって、
親指ではないし、中指でもないしなぁ。だけど人差し指はいやだしなぁ。うーん。
     

ちょっといいこと 1999.7.13

 今日、電車に乗ってるときにちょっといいことがありました。

 僕は阪急電車の座席に座って本を読んでいました。座っていたのは長いすのはしから2
番目。つまり左横に1人、人が座っていて、その横は扉です。電車は空いているモノの、
僕が座ってから2駅目でちょうど座席の空きがなくなりました。

 そして次の駅、白髪のおばあさんが電車に乗り込んできました。キョロキョロと席を探
している様子。誰が見ても「席を譲るべきおばあさん」です。僕は僕の左に座っている人
をちらっと見ました。たぶん大学生でしょう。でも席を譲りそうな気配はありません。お
ばあさんはまだキョロキョロしています。僕とおばあさんの距離はちょっとあったものの、
僕は自分が席を譲る決心をしました。もし僕がイスのはしっこに座っていたなら僕は何の
迷いもなく、あっという間に席を立っていたはずなのですが、今日は座っていた場所もあ
ってちょっと戸惑ってしまったのです。(僕の目の前に来てくれればよかったのに。)

 しかし、僕が席を譲ろうと腰を浮かした瞬間。僕のちょうど向かいに座っていた女の人
(たぶん26才くらい、良さそうな顔)も立ち上がったのです。僕は自分でもよくわから
ないのですが、かぶっていた帽子を手に取って、中腰の状態で立ったまま固まってしまい
ました。

 お互いにピーンチ!

 けっこう恥ずかしいシチュエーションです。まわりの乗客の視線を感じます。立ち上が
ったのは2人、でもおばあさんは1人。一瞬、その女の人と僕と目が合いました。

 結局僕はまた同じ所に座りました。手に取っていた帽子をかぶりなおして。おばあさん
は女の人の席の方に座りました。女の人は立って吊革を持ちました。

 もちろん僕は席がおしくて座ったわけではありません。あの場面、席を譲ることよりも、
譲るのに失敗して座ることの方が恥ずかしいことだと思ったのです。僕は(こういっちゃ、
本当に偽善者ですが…)女の人にそんなに恥ずかしい思いをさせたくなかったので、自分
が恥ずかしい思いをしました。恥ずかしいと言ってもこの場合、本来的に恥ずかしい行為
をしてるわけではないのですから。それに僕はどっちかといえば、そういうキャラなので。

 僕は帽子をさらに深くかぶり直し、ちょっとうつむきました。誰からも僕の目が見えな
いように。自分でも頬が赤くなっているのがわかります。でも僕はいいんです。さっきも
書きましたが、そういうのが僕のキャラなんです。僕はそのことの顛末を自分で振り返り
ながらちょっと微笑みました、誰にも気付かれないように。
   

激辛ラーメンに知る、声の大切さ 1999.7.7

 先日、井上と稲垣と栗林兄とでラーメンを食べに行った。そのラーメン屋の名物はウル
トラ激辛ラーメン、つまりむちゃくちゃ辛いラーメンである。稲垣による事前の話では、
辛さのレベルが5段階あって、3でも相当辛いらしい。ここはひとつ、このオレ様が、ど
のくらい辛いのか味見をしてやろうじゃねーか!ということで行ったのだ。行きの車の中
で、僕と稲垣がレベル5のラーメンを食べることになった。僕としては本当は稲垣にはレ
ベル3ぐらいをいってもらって、1人レベル5を食べることでヒーローになりたかったの
だが、仕方ない。そういえば、前、練習で50mハイポのところを僕は1人で全部ノーブ
レでやってヒーローになろうとしたときも、稲垣が一緒にノーブレをやってて僕は密かに
ガックリしたこともある。(なんだか子供みたいだな、我ながら。)

 先に言っておくけど、僕は別に「辛さに強い」とかそういうことは全くない。僕は確か
にカレーが好きだし、辛い物もある程度好きだけど、自分で「辛さに強い」って自覚した
ことは今までの人生で一度もない。なのにレベル5を食べようとしてるのだから、まった
くのバカである。

 ちなみにこの日のメンバーで1人、めずらしいヤツがいる。もちろん栗林兄である。い
つもはここに新葉兄が入るのであろうが、この日はたまたま栗林が稲垣と同じ試験を受け
たこともあって、一緒になったのだ。栗林の弟は現在中1、水泳部員。兄も中・高の水泳
部員で、兄弟共々専門種目は背泳ぎだ。ちなみに兄と僕は学年が3つ離れているので、同
じチームになったことはない。稲垣と同じ学年です。

 さてさて、ラーメン屋に到着。国道2号線沿い、神戸方面に向かって夙川を越えてすぐ
にある「希望軒(と、書いてホープ軒と読む)」だ。店内はすでに満席に近い様子。僕ら4
人が座るスペースはない、と思ってたら店の外にも席があるではないか。格好良く言うと
「オープンカフェ」みたいな感じで4人がけのテーブルが置いてある。ちょうど雨もあが
っていたので、僕らはここに陣取った。メニューを見ると、表面は普通のラーメンやセッ
トが載っている。しょうゆラーメンとか、チャーシューメンとかそういうの。井上はこの
普通のしょうゆラーメンを頼んだ。(後からわかることだが、これは非常に美味しそうだ
った。というか美味しそうに見えた。)そしてメニューの裏側には辛さのレベルごとに4
つのラーメンが載っている。おー、たしかに普通を入れると5段階だ!

 さてさて、僕らがどうしようか決めかねてると(というか僕はトイレに行ってて、トイ
レから帰ってくると)店員の兄ちゃんが説明してくれている。もちろんレベル5のラーメ
ンについてだ。「人によっては3口でギブアップする人もいます。」「ホンマにむちゃくち
ゃ辛いですよ、並じゃないです。」「明日なにもないですよね。これを食べたら明日、何
にもできませんよ」…むちゃくちゃ言ってくる。みんな脅かされてただただ笑っている。
栗林とか「それ、マジでやめとったほうがイイッスよー。」って言ってるし。しかし僕は
あくまで冷静に「…それ1つ」。脅かされてレベルを落とすようなオレ様ではないのだ!
もちろん稲垣も続いて「僕もそれお願いします」。ふっふっふ、さすが稲垣だ。

 店内にはこの激辛ラーメンを見事スープまで飲んで完食した人の名前が張ってある。見
るとみんな大学の体育会系のヤツばっかりだ。女の子もけっこういる。というか女の子の
方が多かったんじゃないのかな。僕もここに名前を載せてやる!って思ったのだけど…。

 ラーメンが出てきた。真っ赤だ。井上が写真を撮る。たしかに撮るだけの価値のあるラ
ーメンだ。とにかく見ただけで汗が噴き出してきそうなくらい辛そうなのだ。匂いをかぐ
と一瞬意識がとんでしまいそうになる。これはやばい!しかしここでひるんではダメだ!
僕と稲垣は一口目を食べた。…辛い。普通、はじめは「あれ、大丈夫」と思ってながらも、
ちょっとするとだんだん辛さを感じてきて「やべー!」ってなるものだと思うのだが、こ
のラーメンは違った。はじめから辛い。僕はなんとか二口目を食べた。喉がやられた!水
を飲むしかない。

 僕ははじめ「オレは辛いものを食べるときには水を飲まない主義なんだ」とか言ってた
のだが、もはやそんなこと言ってられない。

 しかし、ここで小休憩したのがいけなかったのかも知れない。ここで辛さ第2弾がやっ
てきた。「がおー!」やばいやばいやばい。もはや、3口目を食べようという気合いが沸
いてこない。一方、稲垣は一気にどんどん食べている。すごい。こいつは本当に人間なの
か?とにかく休まない。いや、水を飲んで、またすぐに麺を食べる。食べる。水を飲む。
食べる。食べる。ものの5分もしないうちに稲垣の麺はなくなった。僕のはまだほとんど
残ってるのに…。

 僕は必死の思いで3口目を食べた。胃がどうにかなってしまいそうだ。なるほど3口で
ギブアップする人が多いのもわかる。普通の人間ならもうイヤだと思うだろう。なんで金
を払ってまでこんな思いをしないといけないのか!って。さすがの稲垣もスープは無理の
ようだ。今になって苦しみだしている。すごい汗だ。玉のような汗が何粒も稲垣の顔の上
にできている。ちょっと常識では考えられないくらいだ。

 ここで店員の兄ちゃんが「忘れてました」とか言って、ビールジョッキ一杯に入った水
を僕らに持ってきてくれた。稲垣が「麺は全部食べましたよ」と言うと、「スープも飲ん
でいただかないと」…飲めるか、ボケ。僕に向かっては「ハシが止まるでしょう」「おお」
「ノリとか入れると、ちょっとは食べられますよ」「なるほど」「でもその分量が増えま
すけどね。はっはっは」…はやくむこうに行け、ボケ。

 僕は水を飲んだ。飲むと言うより口に含むのだ。でも僕の口はもはや修復不可能なくら
いやられている、水を口に含んでいる間はなんとか安静状態を取り戻しても、水を飲んで
しまうと、その瞬間からまた大惨事状態になってしまう。しかし、まさかギブアップする
わけには行かない。横から栗林が「無理しない方がいいっすよ」、井上が「やめといたら
〜」って言ってくる。僕としては、そういうのを言われるのが一番悔しい。そう言われる
と逆に「オレの一番嫌いな人種は、ご飯を残すヤツだ!」とか言って、自分を窮地に追い
つめる。まるでピンチなのにガードを下げる辰吉丈一郎になったような気分だ。

 稲垣は完全なグロッキー状態だ。スープは一滴も飲んでいない。飲もうという気すら起
こってないようだ。胃がおかしいらしく、しきりにさすっている。その気持ちはわかる。
僕にしかわからない。ちなみに栗林はレベル3のラーメンを食べていたが、そういう中途
半端なレベルが一番格好悪いように僕は思う。もっともラーメンを食べることに「かっこ
よさ」を求めるのが正しいことなのかどうかわからないけど。…むしろ間違ったことだよ
ねぇ。

 ここで僕は良い作戦を思いついた。名付けて「水泳部作戦」だ!何のひねりもないネー
ミングだが、その作戦にのっとって僕は食べる準備をした。僕は「10秒前!」って叫ん
だ。そして「5秒前!」…「よーい、ゴッ!」ズルズルズル。ガー!ゴクゴクゴク(水を
飲む音)。はー。他の3人は笑いながら、そして半分あきれながら僕を見ている。でもこ
れは良い作戦だ。これならなんとか食べられそうだ。

 僕はその直後、バンジージャンプのことを思い出した。バンジージャンプではまさにジ
ャンプするとき、後ろのおやじが大きな切迫した声で「スリー!トゥー!ワン!バンジ
ー!」って叫ぶのだ。(バンジー!ってとこで飛ぶ)。それもすごい速く数えるので僕と
しては「え!え!えー!!?」って感じで「もはや飛ぶしかない!」という気持ちになる
のだ、不思議だけど。このラーメンはもはやバンジーと同等の恐怖がある。もう声を出し
て、むりやり食べていくしかないのだ。

 僕はしばらくして、口のコンディションがある程度整うと(完全に整うことはありえな
い)また「20秒前!」「えーい」って一人声だしを始めた。「15秒前!声が小さーい!!」
と井上らに言う。みんなからすれば「またこの人はバカなことを…。恥ずかしいなぁ」っ
てとこだろう。しかし、許してほしい。これが僕のキャラなのだ。

 「5秒前!…あい!よーいゴッ!」ズルズルズル。うげー。ゴクゴクゴク(水を飲む音)。
この作戦、第2回目も成功した。よし、これならいける。僕はそう思った。つくづく声っ
て大事だなーって思う。僕らは普段の練習中や、レース、試合でも「大きな声を出せ」っ
てみんなにさんざん言うわけだが、それは声を出すことで、チームの雰囲気を盛り上げ、
お互いがお互いのやる気をひきだすためである。これがマンネリになったり、やらせチッ
クになるとまったく意味が無くなってしまうが、声は本当に重要である。事実、僕は声を
出すことで、食べられなかったこのラーメンが食べられるようになったのである。下手す
るとギブアップしかけていたこのラーメンも「声」の力にかかれば大丈夫なのである。

 「よし、次は1セット目ラスト前!いくぞー。5秒前…よーい…ゴッ!!」これの繰り
返しである。結局僕は1セット4本2分サイクル(くらい)を計3セット、そしてルース
ン、ダッシュ、ダウンをやって見事完食することができた。自分でもビックリである。そ
の間、井上や稲垣や栗林は「もうやめといたら」とか言って真剣に心配している。井上に
いたっては「見てるだけで胃が悪くなってきた」とか言う始末。実際にその日その後、井
上は再三に渡って「あー気持ち悪い」を連発。なんでやねんって聞くと「クロさんの見て
たら、見てるだけで胃がいたくなってくるんすよー。あと、匂い。僕、あの匂いで胃をや
られました」。

 とにかく、僕はなんとか完食することができたのだ。もちろんスープはまったく無理だ
ったけど、僕は食べました。えらい!自分で自分をほめちゃいます。まさに根性の人、正
義の人、そして愛の人、それがクロタキです!!って言いたくもなります。

 一度「希望軒」でこの激辛ラーメンを食べてみよう!そしたら僕がどんなに頑張ったの
かわかってもらえるでしょう。こればっかりは僕は参りました。
 しかし…リベンジするぞ!今度はスープまで…。
 (一緒に行きたい人はいつでも言ってください。)